中城城跡に眠る護佐丸の知略と二重城郭の秘密—連郭式が生んだ究極の防御美学

「中城城跡に眠る護佐丸の知略と二重城郭の秘密」は、琉球王国が最も動的に変化した15世紀の政治・軍事・技術の交点を読み解くテーマである。

沖縄本島中部、標高約160メートル台の丘陵に築かれた中城城は、海と山の境界を繋ぐ稜線上に巧みに据えられ、六つの郭が連なる連郭式の構成で知られる。

その骨格上に、護佐丸の周到な戦略思想と、石灰岩の特性を極限まで引き出す石積み技術が重層的に織り込まれている。

本稿では、戦略、構造、技術、美学、保存、発掘の各側面から、中城城が体現した二重城郭の合理と、そこに潜む知略の全容に迫る。

中城城跡の基礎像—地勢と歴史が規定した要塞の条件

中城城跡は、東に中城湾、西に緩やかな丘陵地が連なる尾根上に位置する。

海上交通の監視に適した視界と、山側からの接近路を統御できる稜線制圧が同時に成立するため、軍事的には「海・陸両用の視圧点」として理想的であった。

起源はかつての按司による築城に遡るが、中核的な姿は15世紀中期、護佐丸の入城とともに整えられ、北の郭・三の郭の増築により現在に伝わる規模へと拡張された。

時代背景として、勝連の台頭が周辺勢力均衡を崩しつつあった局面で、王府の意志を体現する防御拠点としての機能が期待されたのである。

護佐丸の知略—地形を読み、構造に織り込む「二重」の発想

護佐丸の知略は、単に堅固な城を築くことにとどまらず、地形・構造・動線・補給の四要素を統合し、敵の行動様式を先読みして封じ込める設計思想にある。

その核心にあるのが、二重城郭の発想である。

ここでいう二重とは、単純な同心円的輪郭の重ね合わせだけを指さない。

内外の郭を段状に重ね、城壁と城門、通路と視界、さらには水源と避退線までを重ね合わせる「二重の機能レイヤー」を意味する。

• 空間の二重化: 一の郭・二の郭を中枢とした内郭帯と、三の郭・北の郭・南の郭・西の郭が形成する外郭帯が、段差と屈曲を介して相互支援する。
• 動線の二重化: 来攻側の動線は城門と石段によって屈曲・上り勾配化され、守備側の横移動は城壁上の通路と郭間の連絡線で短絡化される。
• 防御の二重化: 外郭で攻勢を鈍らせ、内郭で決定的に止める。城門も単独ではなく、前後に配置したアーチ門や屈曲路で重層的に防御する。
• 補給・持続の二重化: 井戸を複数化し、降雨・湧水双方にアクセスすることで長期籠城に耐える冗長性を確保する。

このような「二重の機能レイヤー」は、地形の段差と石垣の曲線美によって視覚的にもわかりやすく表現されており、戦術的合理と造形美が同居することが中城城の特異点である。

六つの郭が生む連郭式のシナジー

中城城は、一般に一の郭・二の郭・三の郭・北の郭・南の郭・西の郭という六つの郭で構成される。

連郭式とは、これらの郭が尾根筋に沿って段状に連なり、互いの側面を支援する構造を指す。

なかでも中枢となるのが高所に位置する一の郭で、ここを最終防衛線とし、二の郭が前進防御・緩衝帯の役を担う。

外側では三の郭と北の郭が近世的な強化の痕跡を示し、南・西の郭が地形的弱点の補完と生活機能の収容を担当した。

この配列は、攻城側の接近を自然と屈曲させる。

尾根の稜線を直進できない来攻は、郭の角や城門前で向きを変えるたびに側面を晒し、上位郭からの視圧を受ける。

対して守備側は、城壁上の通路を用い、縦深（前後）と側面の両方向から迅速に部隊・物資を移動できる。これが連郭式×二重城郭の掛け算によるシナジーである。

「二重城郭の秘密」を解剖する

1. 二重の防御線—内郭帯と外郭帯の役割分担

中城城の二重性は、第一に内郭帯（中枢）と外郭帯（前衛）の明確な役割分担で表れる。

外郭帯は敵勢を減耗させる「磨耗の場」として設計され、城門・石段・屈曲路・段差で歩調と隊形を崩す。

さらに外郭の上位に位置する内郭帯は、より高所・広場・施設を備え、決戦および指揮・補給・収容を兼ねる。

二重線は高低差により立体化され、単に壁が二重という平面概念を超えた三次元の二重化を実現している。

2. 二重の城門システム—アーチと屈曲で時間を稼ぐ

城門は、石灰岩を精緻に加工したアーチ（迫持ち）構造が採用され、荷重を側壁へ分散して高い耐久性を獲得している。

中城城では、門を一箇所に頼らず、前後に配置した門や曲がり通路を組み合わせることで、侵入経路を「狭く・長く・見通し悪く」する。

これにより攻め手は密集を強いられ、長槍・投石・弓矢など中世的火力でも効果を最大化できる。

門前の踊り場や石段は角度が変化し、攻城の勢いを削ぎ、守城の選択肢を増やすよう構成される。

3. 二重の視界設計—見張り・合図・射界の重ね合わせ

見張りは内外二重の高所から重ねて行える。

外郭の稜線は海上と山側の接近路を監視し、内郭はその背後に第二の「目」として控える。

これにより、発見から合図、迎撃までの流れが多段化され、万一外郭が破られても内郭が監視線を保持する。

視界が重なる地点は、守備力の集中と合図伝達の節点であり、狼煙や鐘に相当する音響・視覚シグナルの運用にも適する。

4. 二重の補給線—井戸と地形の活用

城内には複数の井戸が配され、降雨や湧水を取り込む設計がなされている。

代表的なものに大井戸（ウフガー）と夫婦井戸（ミートゥガー）が伝えられ、いずれも地形の低みや岩盤の割れ目を活かして水を得る。

補給線の二重化は、外郭が落ちても内郭が飲用・防疫の体制を維持できることを意味し、持久戦に対する強靭性を城そのものに織り込んでいる。

石積み技術の進化—曲線が語る強度と美

中城城の石垣は、同一城郭内においても時期・機能に応じて技法が異なる。

これは城の成長記録であると同時に、技術史の「見える層位」でもある。

• 野面積み: 自然石をほぼ加工せずに積む最古層。南の郭などに残り、初期築城の素朴な力強さを伝える。柔らかな曲線は地山との親和性が高く、崩落力をいなす。
• 布積み（豆腐積み）: 長方体に整形した石材を水平に積み上げる。二の郭周辺に多く、施工の規則性が保守・増改修を容易にする。
• あいかた積み（相方積み／亀甲乱れ積み）: 多角形に加工した石をパズルのように噛み合わせる高度技法。三の郭・北の郭など後出の増築部で顕著で、石同士の接触面を増やし、荷重分散と耐久性を高める。

これらの石積みは、単に機能を満たすだけでなく、海風に磨かれた石灰岩の質感と、曲線で連なる稜線の陰影という審美性を生む。

結果として、城壁のカーブは地形に沿うだけでなく、攻城側の視界を遮断し、死角を少なくする軍事的意図も果たしている。

アーチ門に見る合理—材料学と構造力学の直観

中城城の城門は、迫石を組み合わせた自立アーチを採用し、石灰岩という素材の圧縮強度特性を見事に活かしている。

石と石の合わせ目は精緻に加工され、漆喰やセメントの使用に依存せずとも安定を得る。

19世紀に来島した外国人探検隊がこの石造技術を称賛した記録は、在来工法が国際的視座に耐える完成度に達していたことを示す。

アーチは単に美しいだけでない。

上載荷重を側壁へ逃がし、地震や長期クリープに対する抵抗を高める。

さらに門前の階段・屈曲路・副門との組み合わせは二重の城門圏を形成し、破壊に対して冗長性を持たせる。

力学合理と防御合理が重なり合う象徴的部位が、すなわち中城城の門である。

発掘成果と年代観—増築が語る政治のダイナミクス

城内の発掘は、多数の建物跡や柱穴、溝跡、陶磁器片を明らかにしてきた。

中でも青磁をはじめとする出土品は、交易ネットワークの広がりと、改築段階の年代比定に寄与する。

15世紀中期にかけて三の郭が「新城」として整備されたことは、外郭の防御能力を強化するのみならず、政治的に不安定な時代における権威の可視化でもあった。

石垣技術の高度化と郭の追加は、王権が中部一帯を引き締める意図と、護佐丸の合理主義が合流して生まれた産物である。

護佐丸の軍略を実地に読む—海と丘陵を束ねる「監視と牽制」

護佐丸が重視したのは、勝連方向（北東方面）に対する監視と牽制である。

中城城の稜線配置は、北東側の視界を確保しつつ、東の海上交通も視圧下に置く。

これにより、敵性勢力の動静把握と海陸連絡の遮断が一城で可能となった。

さらに、敵が地形的に選びやすい進入路には石垣の張り出しや屈曲を組み合わせ、郭ごとに防御の「得意距離」を重ねる。

短距離での白兵、石・矢の上からの打下ろし、門前の狭所での取り回しなど、武器体系に応じた局所優勢が連続的に用意される構えだ。

城の内部機能—宗廟・居館・貯蔵と軍事のバランス

一の郭は中枢の広場性と象徴性を併せ持ち、政治儀礼や指揮所の機能を帯びたとみられる。

二の郭は中枢直下の広さを活かし、兵站や作業空間の役割を果たす。

三の郭・北の郭は新技法の導入とともに軍事強化の色合いが濃く、南・西の郭は生活・支援の諸機能を担う。

こうした機能の分節は、単に空間効率を高めるだけでなく、敵に情報を与えない欺瞞（ディセプション）としても働く。

例えば、視界に入りやすい郭は「見せる堅固さ」を、奥へ進むほど「実質的な堅固さ」を増す二重構造が意識されている。

二重城郭の効果を数理で直観する

攻城戦の基本は「接近時間×被害率＝消耗」である。

中城城は、外郭で接近時間を引き延ばし、屈曲と段差で被害率（守備側の与ダメージ）を上げる。

内郭は、突破後の再展開にかかる敵の時間をさらに延ばし、守備側の再集中（リザーブ）を許す。

これは、時間を味方にする戦い方であり、二重化の狙いはまさにそこにある。

曲線石垣による死角の削減と、門前の逐次狭窄は、攻め手の密集を強要し、局所的な制圧力を最大化する。

環境適応—石灰岩と風土が生んだ「長持ちする城」

石灰岩は風化に弱いと誤解されがちだが、適切な加工と排水で非常に長寿命を実現できる。

中城城は、壁体の微妙な内傾（バッタリング）や縦目地の噛み合わせ、法勾配の調整により、台風・豪雨・塩害という沖縄特有の負荷に耐える。

岩盤の露頭部を積極的に取り込み、自然地形を「基礎」として使う設計も、沈下や滑動に対する抵抗を高める。

結果として、城跡の保存状態はきわめて良好で、世界遺産にふさわしい真正性を保持している。

国際的評価と世界遺産価値

19世紀半ばに来訪した外国探検隊は、接合剤に頼らない精緻な切石とアーチの完成度を賞賛した記録を残す。

これは、琉球の石造技術が外来の工法と独立に高水準へ到達していた証左である。

2000年には「琉球王国のグスク及び関連遺産群」の一つとして世界遺産に登録され、軍事・政治・交易が絡み合う文化景観としての価値が国際的に認められた。

中城城跡は、島嶼世界が育んだ土着の技術と、広域交易がもたらした物資・理念の交点に位置する。

現地で読み解く「中城城跡に眠る護佐丸の知略と二重城郭の秘密」—見学の指針

• 第一のポイント：二の郭から一の郭を仰ぐ視線—段差と曲線が二重線を形成し、上位郭からの視圧と側射の思想が直感できる。
• 第二のポイント：三の郭・北の郭の石積み—あいかた積みの目地と石の合わせ方を観察。加工痕や石の多角形が荷重経路を語る。
• 第三のポイント：アーチ門の迫石—中央の要石と放射状の石組み、左右の控え壁を確認。門前の屈曲動線とセットで理解する。
• 第四のポイント：井戸の配置—大井戸・夫婦井戸などの位置関係を地形図と照合し、水の重力流と排水ラインの合理を読む。
• 第五のポイント：海と丘陵の見通し—東の海と北東方面の視界を切り替え、監視・合図・迎撃のフローをイメージする。

護佐丸像の再定義—築城の天才はなぜ「二重」を選んだか

護佐丸は、戦闘の巧者であると同時に、「維持・運用」まで視野に入れた制度設計者であった。

二重化は、攻めにくさの追求だけでなく、日常の管理・修繕・改築を段階的に行うための「工事計画」としても機能する。

外郭で作業しながら内郭で政務を続ける、あるいは内郭で修繕しつつ外郭が防衛を代替する、といった運用の冗長性は、政治秩序の安定に直結する。

戦時と平時を同一の建築に同居させる思想—その結晶が中城城の二重城郭である。

用語整理—二重城郭・連郭式・石積み技術

• 二重城郭: 内外の郭と城門・通路・補給線を二層以上に重ね、冗長性と縦深を持たせた防御思想。
• 連郭式: 尾根や台地に沿って郭を段状に連ね、互いに側面支援・縦深防御を可能にする配置。
• 野面積み／布積み／あいかた積み: 加工度と接合面の違いで強度・施工性が異なる。城の年代差・機能差の指標となる。
• アーチ門: 圧縮力に強い石灰岩の特性を活かした自立構造。防御・耐久・景観価値を同時に満たす。

学術的意義—中城城が示す軍事建築の普遍原理

中城城は、地域固有の素材・気候・地形を前提としつつも、軍事建築に普遍的な三原則—冗長性・縦深・時間獲得—を明快に示す。

石垣の曲線は、自然地形と調和しながら死角を減らす最適化の結果であり、二重城郭は、破綻への耐性を高めるシステム工学的発想である。

発掘資料は、改築が段階的に行われ、政治情勢の変化に応じて可変的に強度を配分した事実を物語る。

すなわち、中城城跡は「固定された完成形」ではなく、常に更新され続けた合理の蓄積であった。

実務者への示唆—保存・活用・解説の観点から

• 保存: 石灰岩の風化対策は排水と目地管理が肝要。曲線壁の法勾配を損なわない点検・補修が重要。
• 活用: 連郭式の高低差を活かした回遊計画は、混雑緩和と安全導線の両立に寄与する。
• 解説: 二重城郭の「機能レイヤー」を可視化する図解（動線・視界・補給）により、来訪者の理解が深まる。

結論—中城城跡に眠る護佐丸の知略と二重城郭の秘密

中城城跡は、連郭式がもたらす地形適応と、護佐丸が織り込んだ二重城郭の思想によって、敵の行動を制御し、時間を味方につける防御の極意を体現する。

内外の郭、重ねられた城門、曲線でまとめられた石垣、複数の水源—それらは単独ではなく、相互に補完し合う「二重の機能レイヤー」として設計されている。

技術面では、野面・布・あいかたの石積みが時代ごとの最適解を積層し、アーチ門が材料学と力学の合理を示す。

歴史・考古・建築が交差するこの城は、世界遺産としての価値にふさわしい普遍原理と地域性の統合体であり、護佐丸の知略は、いまなお石の曲線と段差の中に息づいている。